福島県田村市「たむら市民測定所」の視察報告

福島県視察2日目

田村市は福島第1原発から約35km内のところですが、ほぼ真西で、風向きや地形によるものか、放射線量は周辺よりもやや低めで、駅前のモニタリングポストは地上1mで0.171μSv/hだった。土壌汚染は深刻で、小中学校、幼稚園の土壌は平均5617.5Bq/kg。2012年4月に市教育委員会へ対策の要望を出したが、除染などは進んでいないとのこと。

 2011年は、昆虫や蛇、トカゲ、カエルなどの身近な生き物が激減したそうです。野鳥も激減し、巣立てないツバメのひなが多数目撃されたとのこと。ケヤキは紅葉せずに灰色になり、今でもスズメをようやく見かける程度。

 子どもたちの健康被害が深刻で、小児甲状腺癌が12名見つかっています。5mm以上の結節や20.1mm以上ののう胞を認めたものが734人いました。肥満や喘息が増えています。また、高齢者の突然死が増え、儀場を増築するほど亡くなる人が多いとのこと。若い世代35歳から64歳まででも脳卒中発症率が3.4倍に増えています。しかし、これらを放射能被ばくによるものとは証明できません。

 避難する人と、残って生活を続ける人で、県民も分断されてきています。また、避難したい人も多いが、その道筋や支援もありません。

放射能測定 モニタリングポスト

 

 「福島の子どもたちの保養を計画しているので、参加したい方がいたら、紹介してください。」と話したところ、「「保養」という言葉に、皆、敏感になっている、保養が必要ということは、今住んでいるところが危険だと認めることになり、では、なぜ、避難しないのか、となり、避難できない自分を責めてしまう人たちがいる。」とのこと。京都に避難した方が、「再会プロジェクト」とネーミングし、会いに来てね、というスタンスで子どもたちを招待したという。かなりデリケートな問題なのだと実感しました。

 一部原発推進派の中では、「フクシマモデル」と称して、原発事故があっても、福島県民のように、落ち着いて耐え忍べば、重大事故が起きても大丈夫、とまでいっていると聞きました。あまりにもひどい話です。放射能汚染に対する国の支援は一向に進まず、除染は自己責任…とまで言い始めている状況に、怒りを感じるとともに、自分たちにできることを一人一人考えさせられました。

                       (じつかわ圭子)